歴史教科書ってフィクション?
NHKの新撰組が佳境に入ってきました。毎週日曜日の夜が楽しみです。(かなりおやぢ入ってますが。。。)
歴史小説(含む時代劇)って、面白いですよね。史実をベースにしていても、誰かが主人公になれば、対立する相手は悪者になってしまいます。歴史小説は「史実という枠組み」の中で展開されるフィクションなんでしょうね。私個人としては、以前取り上げたヨハン・サルバトールという人物についての歴史小説の執筆にチャレンジしたいと思っています。(その前に、ドイツ語の勉強が必要かも。。。)
歴史小説は、主人公の経験を脚色したもので、作者がその主人公(の経験)に思い入れがあって成り立つものです。この考え方に則れば、国家が検定した歴史教科書って、その国の経験を、その国が脚色した、一種の歴史小説なのかもしれません。(その割には、面白くないけど。)
こう考えると、日本の教科書検定に文句をつける諸外国に対して、「たかが歴史小説の記述に文句つけるなよ」と声を大にして言いたくなります。幕末なら新撰組が好きか龍馬が好きか、あるいは三国志なら劉備が好きか曹操が好きか、程度の違いですよ、きっと。
もちろん、「何年(何月何日)に、どこで何が起こったか」という史実(=Fact)が欠落しては歴史小説にすらなりませんが、その史実という点と点をつないで解釈するのは現代に生きている私たちです。1国の歴史教科書だけで歴史を学ぶと言うことは、「経験(=その国の解釈)にしか学ばない愚者」の行為なのかもしれません。
自国の歴史教科書と外国の歴史教科書の記述を比較しながら歴史を教える学校の先生がいたとすれば、その人は本当に賢者かもしれませんね。(そんな根性のある先生がいたら、ぜひお会いしたいです。ご連絡下さい!)
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