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NHKの新撰組を見て

新撰組と見廻組の対立を見て、日本の縦割行政やセクショナリズムの伝統を改めて実感しました。(笑)

ドラマでは京都の町が火事になり、見廻組が折れる形で新撰組が指揮を執ることになったのですが、これはセクショナリズムを打破した、珍しいケースだと思いました。

縦割行政やセクショナリズムをなくすためには、

(1)現場指揮官(近藤勇と佐々木只三郎)が
(2)ミッション(=町民を安全に避難させること)を共有し、
(3)従来の枠組みを超えるリーダーシップ(近藤勇が指揮を執る)を発揮する、

という3つの要素が揃わなければ、不可能です。

薩長連合も、薩長の指導者(西郷隆盛と桂小五郎)がミッション(外国の技術を導入して国力をつけて、外国の侵略を防ぐ)を共有し、坂本龍馬の(藩のエゴを超えた)リーダーシップによって完成したものです。

今、政府も大企業も、言葉だけのミッションではなく、実行の伴ったミッションが求められているのではないでしょうか。そのためには、現場指揮官がリーダーシップを発揮できる環境を整えることが重要です。

不祥事を起こした雪印では、行動規範に「もう一度お客様と社会のお役に立てる企業になるために」という一文があります。三菱自動車は「お詫びと決意」というメッセージの中でコンプライアンスの徹底が謳われています。これらの企業の再生は、まさに現場指揮官がミッションを遂行するために必要なリーダーシップをどこまで発揮できるかにかかっています。

結局、組織は人ですね、人。

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Comments

はじめまして。現在卒論で不祥事について調べており、
興味深く記事を拝見しておりました。
一度不祥事を経験した企業ほど、コンプライアンスの
価値を重く見る企業はないと思います(期待の気持ちも込めて)。
これからの雪印であれ、三菱自動車の方向性が気になりますね。

Posted by: dreamhouse | Jan 27, 2005 at 14:06

dreamhouse様

コメントありがとうございます。
コンプライアンスにおいて重要なのは、「人の顔が見えること」だと思っています。誰かが責任を持つ、誰かの責任において実行する、ということがなければ、「連帯責任は無責任」になってしまいます。次に、その「人」が信用されるかどうかも重要です。

ちなみに、某公共放送の会長がつい最近辞任しましたが、彼はパフォーマンスが下手でしたね。一方的にメッセージを発信するだけでは、そのメッセージは信用されません。テレビで視聴者に語りかけるくらいなら、現場の集金スタッフに同行して、視聴者に頭を下げて、お金を払って下さいとお願いするパフォーマンスの方が、よっぽど信用されるでしょうね、きっと。

Posted by: 鴈野 聡(がんのさとし) | Jan 27, 2005 at 14:51

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