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貧困率の定義

「日本はアメリカに次いで貧困率が高い」と聞くと、「なぜ世界で1番2番の経済大国で貧困率が高いのか?」という、率直な疑問がわき上がります。

これは「貧困率」の定義が、世界全体ではなく「各国の中での所得のばらつき」を意味しているからです。言ってしまえば「所得格差が大きい」ということになります。

貧困率には「所得がこの金額を下回る場合に『貧困』である」と定義する方法と、「所得の中央値(平均ではなく0円〜○○億円の真ん中の値です)を基準として、その基準の○○%以下」といった定義をする方法があります。

前者を絶対的貧困率、後者を相対的貧困率と言います。「日本はアメリカに次いで貧困率が高い」という場合には、後者の相対的貧困率となります。

絶対的貧困率は、要は「これだけの所得がないと生活できない」という決め方なのですが、生活水準をどのくらいに設定するかによって大きく変化します。

一方相対的貧困率は「所得のばらつき」を示しているにすぎません。日本の定義では「所得の中央値の半分以下」を貧困と定義しています。

縦軸を人数、横軸を所得金額としたグラフで表すと、相対的貧困率が高い状態とは、「山の左側の裾野が高い」あるいは「山が左寄り」といった形になります。(山が2つあるケースや完全な「台地」などのケースもありますが、話を簡単にするために除外します)

例えば「低所得者層に対して政策的に所得を補填した」場合に、絶対的貧困率は低くなります。
これは一番左の裾野を削って、その土砂をより真ん中に近いところに積み上げるような形になります。

一方「高所得者層に対して所得税の税率を引き上げた」場合も、絶対的貧困率は低くなります。
これは一番右側の裾野を削ってより真ん中に近いところに積み上げるような形になります。

相対的貧困率は理論上ゼロにはなりません。限りなくゼロに近づけるには、グラフのイメージでは「土砂を真ん中に盛り上げて、そこから遠く離れた左右にそれぞれ砂粒がある」という状態です。要は「一握りの大金持ち、一握りの貧乏人、大多数の中流階級」という、いわゆる「一億総中流」という状態です。


では、なぜ絶対的貧困率と相対的貧困率という2つの考え方が存在するのでしょうか?

これは絶対的貧困率には「政策的な意図」が含まれている一方で、相対的貧困率は「意図に左右されずにばらつきを把握する」という目的があるからです。どちらがよい、悪いという話ではありません。この2つのツールを適切に使うことが大事なのです。

絶対的貧困率には、何かしら「善悪」の基準があり、その基準を下回る層が「ゼロ」になることが究極的な政策目標となります。ただし国家間での比較という指標には不向きです。

一方、相対的貧困率は数学的な「ばらつき」を表しているだけなので、国家間の比較には向きますが、政策目標(つまりどんな状態が「善」でどんな状態が「悪」か)の数値基準としては不適切です。

そのため相対的貧困率の客観的な定義で抽出された対象者を精査して、絶対的貧困率の目標を設定することが現実的な考え方です。そのプロセスは次の通りです。

(1)生活に不可欠な支出(以下「生活必需品支出」とします)を定義する
(2)相対的貧困率によって「相対的貧困」である対象者群を抽出する
(3)その対象者群の平均的な生活必需品支出の平均値(あるいは中央値、最頻値等)を算出する
(4)(3)で算出した基準に基づいて絶対的貧困率を定義する

生活必需品は、簡単に言えば「衣食住と子供の教育」です。外食・レジャーに対する支出は除外した方が実態を反映しやすくなるでしょう。

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コメント

あなたの言う定義からすれば

>相対的貧困率は理論上ゼロにはなりません。

って事はないでしょう?

>限りなくゼロに近づけるには、グラフのイメージでは「土砂を真ん中に盛り上げて、そこから遠く離れた左右にそれぞれ砂粒がある」という状態です。

左右の砂粒がなければ、貧困率は零になるでしょう?

つまり

>大多数の中流階級

ではなく全て中流であれば相対的貧困率は理論上ゼロになりますよね?

現実的に可能かとかそういう問題ではなくて、
理論的可能性の話でしょう?

単純明快な事だと思うんですけどね。

投稿: 雑草Z | 2009/12/13 02:09

雑草Zさん

>全て中流であれば相対的貧困率は理論上ゼロになりますよね?

いいえ。ゼロにはなりません。

全て「中流」であったとしても、その「中流」の中で所得のばらつきが存在するのであれば、相対的貧困率はゼロになりません。相対的貧困率の定義からすれば、「中の下」が「貧困層」になるのです。

投稿: 鴈野さとし | 2009/12/13 02:38

素早いお答え有難うございます。
今朝は簡単に書き込んだのでご挨拶も忘れていました。
はじめまして。
「生活必需品」の定義を検索したら、その項目はあまりなく「貧困率」がヒットしてこのサイトに辿り着きました(笑)

 鴈野さとしさんの(・・持ってこられた・)定義では、
相対的貧困率とは、
>「所得の中央値(平均ではなく0円〜○○億円の真ん中の値です)を基準として、その基準の○○%以下」といった定義
です。この「半分」とは、 人数ではなく、勿論 所得額ですよね?
 ならば、理論的には貧困率はゼロにすることは明らかに可能でしょう。
例えば、日本の定義
>「所得の中央値の半分以下」を貧困と定義
の場合、最低所得者の所得額がメジアン[中央値]の半分以上であればいいわけです。数学的には十分可能ですよね?

投稿: 雑草Z | 2009/12/13 09:34

雑草Zさん

コメントありがとうございます。

ご指摘の通り、最低所得者の所得が中央値の「半分」を超える状態では、相対的貧困率はゼロになります。

私は「最低所得者の所得が0円」という条件を考えに織り込んでいたので、ゼロにはならないという議論を展開していました。


「生活必需品」の定義をお探しとのことですが、経済水準や社会資本の充実度によって必需品の定義が変わってくるので、難しいですよね。一昔前であれば「携帯電話は必需品か?」などという議論はなかった訳ですし。

投稿: 鴈野さとし | 2009/12/13 10:33

    鴈野さとし さん

 またまた素早いお返事有難う御座います。

>「最低所得者の所得が0円」という条件を考えに織り込んでいたので、

なるほど、多くの資本主義国家での現実的な話ですね。この資本主義国家では、マイナスもあり得ますね(笑)
私は数学的な話(・・数学というほどのものではありませんが・・)で相対貧困率がゼロは十分に可能であると述べました。
 しかし、現実的な国家・・・国家では現実的にないと言うのであれば、市町村なりの地方自治体では・・・相対貧困率ゼロも十分にある話でしょう。

 社会主義国家の理想的な状態(・・キューバなど・・)では、相対貧困率は0ではないでしょうか?・・調べてはいませんが、十分に可能ですね。少なくとも表向きは0に出来ますね。・・「貧困率」という言葉は本来の社会主義国家には使う意味があまりないのかもしれません。


 自由主義経済国家でも、社会福祉の進んだ国家で、セイフティ・ネットが充実していれば、最低所得も保証され、相対貧困率も0になり得るでしょう。


「生活必需品」に関しては、共通認識の定義がない…と確認出来れば十分です。「貧困率」も「生活必需品」にかなり関連があるわけですね。


>生活必需品は、簡単に言えば「衣食住と子供の教育」です。
最低限の「衣食住」は当然として、「子供の教育」も含めるという考え方は参考になりました。

「生活必需品」に「貧困率」も用いて記事に使おうかと考えています。

投稿: 雑草Z | 2009/12/13 12:38

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